推しを推す、そして万物に感謝する。

元書店員。日常のオススメやアレコレの話を。

坂道の彼女は蜃気楼

お疲れ様です。

 

 

私が通っていた中学校は、少し高い位置に建てられていた。

家を右に出て、一番初めの交差点をさらに右に曲がると坂道が見える。坂道のてっぺんを見上げると向こうには空しか見えなくて、それだけでこれから上ることに対しての面倒くささが生まれて、どうにも憂鬱な毎朝だった。

帰宅部で良かった。毎度そう思った。近所に住む友人のAやBは、朝練に参加するために早朝からこの坂に足を乗せていく。眠い上にこの苦行に挑むなんて、並の精神力じゃやっていけない。

 

ある朝、いつものように一番初めの交差点を曲がると、いつもと違う風景がそこには待っていた。ミニトマトの数がお姉ちゃんの方が1つ多い、と弟と朝からバトルした日だったと記憶している。

これから自分が上っていく坂道に視線を向けると、遠くの上の方で何かがキラリと光ったように見えた。眩しさを避けるように目をすがめると、それは人の形をしていた。

 

上る。上る。

 

引き寄せられるようだった。上にある「何か」にだけ目を向けて、ひたすらに上る。途中でようやく分かったのだが、それは「人の形をしているもの」ではなく「人」だった。光っていたのは向こうの景色が見えるくらいに細くて繊細な、背中まで伸びた黒髪。私とは違う制服を着た、綺麗な女の子だった。見たことのない顔だったので、恐らく最近引っ越してきたんだろうな、と思った。

いつもよりもスピードを上げて足を運んだからか、少し乱れた呼吸で彼女の目の前を通り過ぎる。目が合って、上品な笑顔で会釈をされて、何故か狼狽えた。ボサボサの髪の毛で学校に向かう自分が少し恥ずかしくて、代わりに、というのも可笑しな話だが、彼女はとても整っているように見えた。

学校に着いて、ようやく思い至る。あれは近くの高等学校の制服だと。女子高生、ということは私よりも大人である。あの美しさは高校生が持つ魅力なのかもしれない。

何日かすると、私はだんだん分かってきた。彼女は私が登校する時間とほぼ同じくらいのタイミングで家を出て、坂道のてっぺんで誰かと待ち合わせしているようだった。

彼女が誰を待っているのか、私は知らない。けれど、時間を持て余している彼女の何気ない表情がいつの間にか私の脳裏に焼き付いてしまった。それを見たいがために私は坂を上る。

いつからか登校時間が楽しくなっていた。ダラダラと時間をかけて上っていたというのに、今では坂の半分くらいまでは少し急ぎ足で上る始末。そこからはゆっくりと上って、彼女の人待ち顔を、透き通るような肌の横顔をこっそりと眺めて上る。

あまりに凝視しすぎていたのか、私が無意識に声をかけてしまったのか、彼女とは朝の挨拶をするようになった。

「おはようございます」と声をかけると、「おはよう」と返ってくる。声までおしとやかで可愛らしくて、この声が私にだけ向いていたならどれだけ幸せだろう、なんて考えたりもした。挨拶をするようにしているうちに、お話だって出来るようになった。いつもより早く家を出て、坂道を急いで上って、そうして彼女と少し話をしてから学校へ行く。彼女はいつも私を笑顔で迎えてくれた。

「私、一人っこなんだ」と彼女が教えてくれた。「妹みたいに可愛いね」とも言ってくれた。

 

私は、彼女の妹になどなりたくなかった。

 

その繊細な心を、柔らかな笑顔を、折れてしまいそうな細腕を私のものにしたいと、知らないうちに思うようになっていた。

 

私は坂を駆け上がる。彼女に早く会いたくて。

私は坂を駆け上がる。走って乱れた髪はそのままにして。

乱れた髪は、てっぺんに待つ彼女が直してくれる。朝一にもらえるご褒美みたいだった。

 

そうして私は、気付けば女子高生ナンバーワンの短距離走者になっていた。

 

 

 

 

みたいな導入のスポーツ百合漫画、ないかな。(前置きが長すぎる)

彼女は先に大学生になって生活リズムが合わなくなって、気が付いたら会えなくなってしまうんだけど、陸上競技の場でたまたま再会するんだよね。

で、この太ももは貴女が育ててくれたんですよ、とか言ったりして、なんだかんだ普段から仲良くするようになって、すれ違いや喧嘩をするたびに「私」が走って彼女の元へ行くシーンが入って(よく走る主人公)、彼女が「やっぱりカッコいいね」ってやっぱり上品に笑ってくれるんだよね。

 

「私には走りしかないのに」ってなんかよう分からんけど、何かあって焦る主人公の側にいてくれる彼女ちゃんが見たい。

 

……今日、どうした。

楽しいな、うん?

 

 

可愛い彼女が欲しいよな。

青い花(エフコミックス)

著者:志村貴子 出版社:太田出版

ISBNコード:9784778320058

「もし私の好きな人が女の子だったらどうする?」鎌倉のお嬢様学校&進学女子高を舞台に紡がれる、胸キュン"ガール・ミーツ・ガール"ストーリー。

とても可愛いです。

 

 

とても可愛いです。(大事な事なので2回……)

 

 

 

終わります、お付き合いありがとうございました。