推しを推す、そして万物に感謝する。

元書店員。日常のオススメやアレコレの話を。

『戦場のコックたち』(創元推理文庫)を読みました。

お疲れ様です。

 

読書をしていると、「ああ、これを読んで良かったな」と思える出会いが突然あって、そういう本が一つ見つかるたびに心が小躍りします。

 

泣ける話はあまり好きではありません。

映画でも小説でも。

 

「泣けるよ」って前評判で聞くと、じゃあ止めるか……と思っちゃう。

ノンフィクションは、戦争の話とか災害の話とか病気の話とか、知っておくべきことを勉強するために触れることはあるかもしれない。けど、そうじゃないなら、出来れば、ほら、涙腺ゆるゆる人間だから、すぐ泣くので、外では見れない、読めない。

 

ノンフィクションだと特に「泣ける話」として消化されるべきテーマではないのに、泣きが先行してしまいそうで、それは失礼というか本質が薄れるというか、とにかく自分が上手くそれを意味のあるものとして消化できないんじゃないかと思って、上手く見られない。

 

とはいえ、やっぱり、昔あった災害や悲惨な出来事などから目を逸らすばかりではいけないから、という気持ちもある。

もちろんある。

 

年齢ばかりですが大人になって、今、少しずつそういうものを見て、知って、自分の学びにしていけそうな気配がしています。

 

 

 

タイトルにもある通り、ずっと気になっていた『戦場のコックたち』という本を、ようやく読み終わりました。

 

以下、内容に触れます。

盛大なネタバレ、とまでは行きませんが、色々喋りますので、少しでもそういうのは先に仕入れたくない! という方は回れ右してください。

 

戦場のコックたち(創元推理文庫

著者:深緑野分 出版社:東京創元社

ISBNコード:9784488453121

合衆国陸軍の特技兵(コック)、19歳のティムはノルマンディー降下作戦で初陣を果たす。軍隊では軽んじられがちなコックの仕事は、戦闘に参加しながら炊事をこなすというハードなものだった。個性豊かな仲間たちと支え合いながら、ティムは戦地で見つけたささやかな謎を解き明かすことを心の慰めとするが。戦場と言う非日常における「日常の謎」を描き読書人の絶賛を浴びた著者の初長編。

 

これが文庫版の裏表紙に書かれたあらすじです。

 

私はこれを読んで、戦場にいながらも食事という人が生きる上で触れる、言うなればホッとするひと時を仕事とする軍人たちの生活と、ちょっとした謎、みたいな感じかな? と思って読み始めた。

戦争の描写はありつつ、どちらかというと「日常の謎」とやらが楽しみな部分かな? なんて。

 

主人公のティム(ティモシー・コール)は射撃も上手くなければ足も速くなくて、周りから「キッド」と呼ばれている。図体だけでかい子供みたいだなと。彼自身も軍隊に向いていないと気が付き始めており、その他まぁいろいろあってコックというポジションに就くことになる。

 

彼の書かれ方が、怯えや恐怖などもあるけれど、ああ大変だ、どうしよう、で何となくくぐり抜けていけそうな、戦場にありながらも地に足がついていないままで動いているような雰囲気で、危機感があるのかないのか(あるとは思うけれど)、新米らしい言動に、ハラハラしつつも、きっと彼は大丈夫だ、と思わせる書かれ方をしているように感じました。

戦場の緊迫した様子と、彼らのコックとしての仕事の様子。読み手も緊張と緩和を交互に感じて、この緩急が魅力なんだろうかとか思いながら読んでいきました。

 

 

そんなもん、最初だけだ。

 

 

だんだんと章が進むにつれて緩和しきれなくなる。

この穏やかな会話は続かないだろう、とか、これは束の間の緩やかな時間なんだ、とか、そういうのがどこからか漂ってくる。

たぶん新米だった彼らが戦場で感じているのと同じリズムを私も味わっているんだと思った。

もちろん彼らの感情はもっともっと苦しみも喜びも大きく計り知れないものだったとは思うけれど。

あっという間に、最初に感じていた「彼は大丈夫だ」なんて気持ちが霧散する。

 

読み始めてすぐ、戦いの場に向かうシーンで、「あ、これは本当にあった出来事だ」と思った。描写がすごく細かい。きっと取材や裏付けのされ方が、実際の本当の情報の量が、これは、すごいぞ、と。

元々少ない語彙がゼロになるくらい、彼らの動きや恰好、心情が詳しく描かれていた。

戦況が厳しくなれば、物語の緩和なんてあるはずもなく。

彼らの心は疲弊していく。戦場では敵を人と思っていては生きていけない。非日常の中で、彼らの感覚が麻痺していく。

「やらなきゃやられる」という怯えが、「敵だから殺す」という躊躇のないものに変わっていく。

共に死線をくぐり抜けてきた仲間がいる。一瞬目を離した隙に死んでしまっているかもしれないような場所で、彼らは共に過ごしている。

悲惨な場面も非情な行いも、しっかりと描かれていて、フィクションだけど歴史の教科書よりも本当にあったことを読んでいた。

 

話として、読みごたえがあって、文章が面白くて、内容が苦しかった。

 

裏表紙のあらすじや、最初の頃の雰囲気で騙されていた。

ミステリももちろんあるけれど、これは戦場で戦った彼らの話で、実際にあったことで、もっと早くに知っておくべき昔の出来事だった。

戦時中真っただ中、じゃなくて、戦場真っただ中の人たちの生活だった。

 

私は「○○人だから殺してしまいたいほど憎い」などという感情を持ったことがなくて、でも今の時代にだって、人種の違う人や考え方の違う人を受け入れられなくて攻撃的になってしまう人がいる、というのを思い出したりもした。

昔の出来事、というほど昔のことでもないよな。

今も苦しんでいる人は沢山いる。

 

 

ティムの上官が言ったことが印象的だった。

 

人間が存在している限り、戦争はなくならない。

 

もしかしたら現実の私たちの世界もそうなんじゃないかなぁ、と思っていたことを、上官がサラリと言って、それが文章として目に飛び込んでくると、あぁ、やっぱりそうなのかなぁ、と思ってしまう。

誰かが戦争をしようと思っている限り、自分や大切なものを守るためにはどうにか戦わなくてはいけない。でもそんなの絶対に良くないことで。どうしたら世界は平和になるだろうかと、自分が出来ることが見つからなくて途方に暮れる。

 

描写を読んでいて苦しくなったし、勝手に涙が出てくる場面もあったし、この世の中には実際にそういう悲惨な状況を目にした人もいるのに、どうしてまだそれでも戦争を起こそうと思うんだろう、こんなの悲しいばかりで、勝ったって笑えないだろうに。

 

つけっぱなしのテレビがニュースに切り替わっていて、みんなこの本を読んだらいいと思った。

すごく幼稚な言葉しか出てこなくて、情けないけれど。

 

映像化したらR18Gにしかなり得ない内容で、でも、この時代この場所にいた人たちは18歳どころか幼子まで目の当たりにすることで、映像じゃないから、見るだけじゃなくて、痛み、臭い、温度、記憶などたくさんのものが彼らを襲っている。そういうものを何一つ感じないままで命を落とした人も少なくなかっただろう。

 

あまりにも理不尽。

 

職場でも読んでいたので、いや、職場で読まなきゃいいだけのことなんだけど、もう心が「あぁ……」ってなって、本当は、仕事してる場合じゃねえ、続きを読まないとって思う数日間でした。

ちょうどティムが心を痛めているタイミングで始業時間が来るんだ。私が読み進めないと、ティムがずっと苦しいまんまなんだ、助けたいんだ、早く休憩時間が来て、と思いながら仕事してた。

 

小説として面白いし、感じることが多い、多すぎるってことはないけれど、多すぎる作品だと思います。

 

実際にあったこととはいえ、ショッキングな描写はたくさんあるので、オススメしつつ、心とご相談してから読んでほしいです。

 

ミステリの部分で、伏線がどう張られていたか読み返したいけれど、すぐはちょっと手が伸びないので、時間をおいてからもう一度開こうと思っています。

 

最後に参考資料がずらりと羅列しており、あー、やっぱり資料の数が半端ねぇわぁ、と納得しました。

本編を夢中で読みながらも「参考資料が沢山ありそうだな」と考えることも少ないので、そこからも如何にこの作品から受けた印象がリアルだったのか、改めてすごい作品だった、と装丁を眺めてしまいます。

ノンフィクションのように読めてしまうから、「面白い」という感想が不適切なのではないかと思うくらい。

でも、小説として、本当に内容が分厚くて、面白い、興味を持って読める。

 

 

今はただ、世界平和を願うのみです。