推しを推す、そして万物に感謝する。

元書店員。日常のオススメやアレコレの話を。

明日にでも狸が来るぞ、美女と共に。

お疲れ様です。

 

 

最近「あれ、もしかしたら今が一番自由なんじゃないの自分」などと考えます。

守るものがない人間は何だって出来てしまう、というのは危険な思想にも思えますが、間違いではないような気がします。

 

 

住む場所は借りているもので

仕事は定職じゃなくて

誰かと連れ添っているわけでもない

 

 

私、いま、何だってできる。その代わり、世界の沢山の人が誰かの為に動いている中、自分は全然誰かのために動かない、ということに罪悪感を覚えることもありますが、何か大胆に動くならこの状況ってとてもとても好条件。

 

うーん。

大胆に動くタイプの人間でないことが悔やまれます。

 

 

自由とはいえ、私にだって守りたいものはある。

 

「自分」

「大切に思っている人」

「社会的義務」

 

あれ、これくらいしかないかもしれない。

あとは、何にも。

もちろん仕事は大事。定職じゃなくても今頂いているお仕事は楽しいし、無責任に放り出すようなことは私もしたくない。

 

じゃあ、お仕事が無くなったら? って考える。

一回、何かの拍子にウッカリ無職になることを体験すると、なんだかそういうのが怖くなくなってしまう。全く平気とは言えないけれど、まぁ、しょうがないか、とは思ってしまう。

 

保険に保険をかけるように、今の場所からどんな離れ方をするかを前もって考えてしまう。手放す準備をするのが早い。

(ちなみに大きいものを買う時は手放すときのことを考えて買います。ゴミ捨てめんどくさそうだなとか)

 

今度はお仕事の契約を更新しませんって言われたら、って考えたり。

 

辞めさせられるような態度はとっていないと思っているし、私もまだ今の場所から動く意志はないけれど、どうしたって私の気持ちだけで仕事をするかどうかを決められる立場にない。

 

次はどこにお引越ししようかなぁ、とか、次の仕事を探す前にちょっとどっかに行ってみようかなぁとか。

 

 

……。

 

いや、これは健康な場合だな。

 

もしかしたら、怪我や病気で仕事が出来なくなるかもしれない。そうしたら自由にどこかに行くことも出来なくなるかも。

 

あっ、それは困る。大変だ。どうしよう。

 

 

……そしたら自分が出来る範囲で出来ることをやるんだろうな。

 

 

 

明日だって誰もが不透明なはずなんだ、とも思う。

一秒先だって分からない。極端な例ですが、立ち上がった時にうっかり自分の足に躓いてすっころんで頭を打つかもしれない。

 

いつどうなるか分からん、と思っていると、逆に不安も薄まる。

 

みんなそうだもんね、とか思っちゃって。

いつ世界が終わるとも分からないで、みんなちゃんと生きてる。偉い。

 

 

 

じゃあ、終わりが分かっている世界ならどうするだろう。

などとディストピア感満載の今回の理由はオススメのこの本のせいです。

 

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隣のずこずこ(新潮文庫

著者:柿村将彦 出版社:新潮社

ISBNコード:9784101024417

「村を壊します。あなたたちは丸呑みです。ごめんね」

二足歩行の巨大な狸とともにやってきたあかりさんはそう告げた。村を焼き、村人を吞み込む〈権三郎狸〉の伝説は、村に伝わるただの昔話ではなかったらしい。中学3年生の住谷はじめは、戸惑いながらも抗おうとするが……。

 

文章が、小気味よくて、スカッとする、というか、気持ちがいい。終わりゆく世界、いや、村の話だから、文章が如何に気持ちよくても、ちょっと攻撃的な表現が多いんだけれど、でもそれがいい。

標準語じゃないところも親しみが湧く。方言特有の物言いがストレートな感じとか、いい感じ。何もかもが、この作品にはこれが良かったんだろう、と思える気持ちよさがある。

語り手が中学生3年生っていうのが、たぶんちょうどいい。

中学生とか、高校生とか、大人よりは話す言葉に遠慮が少なめ、オブラートが極薄、言動のストッパーは緩め、直情的。大人よりは。

偏見というわけでもないと思う、私も中学や高校の時、同級生の話す言葉がたまに怖いときあったし、私も誰かを怖がらせていたかもしれないし。

はじめちゃんは特にそんな感じ。

他の登場人物が主人公だったなら、こんなにコミカルな雰囲気では作品を進められなかっただろう。

近所のおばさんを、はじめちゃんは「クソババ」と思っていたりする。(口には出さないのが偉い)

彼女の潔さと諦めの悪さと執着とその他もろもろ、それに読者は振り回されて、こいつ、何するか分からんな……と彼女自身にも少し恐怖する。

 

村に突如降りかかる災厄・狸。

いついつには村が消えます、と告げられた村人たちはどう過ごしていくのか。

田舎の描写が目に浮かぶので、そういう設定で作られた箱庭を真上から見ているような気持ちにもなる。

 

随分前に『レプリカたちの夜』という作品を「面白いけど、どういう感想を持ったらいいのか分からない」とオススメしたことがあるのですが、それに似た衝撃作でした。

感動させたい、とかそういう、読んだ人にこう思ってもらえたらっていう狙いが全く分からない。

たぶん狙いなんてないんじゃないか、この世界を書きたいから書いたんじゃないだろうか。

のびのびとした魅力が楽しくて、読み終わって感想が上手く出てこなくて、突然村の最期を告げられて惑う村人たちのように「うわー!」とか言ってしまう。

 

タイトルが思い出させなくて「何とかの、ずこずこ、とかやった気がする……」と検索した結果、エッチなサイトばかりが検索結果に出てきて、そういうところやぞ、日本……などと国のせいにしたのは、余談です。

 

最後、村はどうなるのか。本当に壊されてしまうのか。

ラストに近付くにつれて、あ、まさか、や、やめろ、ウワー! と自分の予想に戸惑う感覚は、ちょっと面白いものがありました。

『ずこずこ』が結局何を表しているのか、も是非読んで確かめてほしい。

 

 

 

いつが最期になるかを告げられたら、自分はどんな行動を取るだろうか、と考えてみるも上手く想像できない。

その最期の日までがどれくらいの期間なのかにもよるとは思う。

 

 どうしよう。

 

やっぱり、やりたいことがハッキリあるなら、早めに早めにやっておくべきなんだろう。

 

やりたいことの計画立てる?

 

もし明日で世界が終わるならその計画も無駄になるのか。

いや、狸が来た時のことは、狸が来たら考えることにしよう。

 

考えすぎてなんにも出来なくなってしまったら、それこそ世界の終わりがいつだろうと関係なくなってしまう。

 

 

 うわー!