推しを推す、そして万物に感謝する。

元書店員。日常のオススメやアレコレの話を。

『ざんねんなスパイ』。一條次郎さん、合法の麻薬。

お疲れ様です。

 

あらあら、突然寒くなってしまって……。

 

無防備にゴミ捨てに出たら身体が震えました。

つい先日までは感じていた金木犀の香りも、見つけられず、空気の冷たさに鼻の奥がつんとしただけで、あー、冬が来る…。

 

うわぁぁ……

 

って声が出ました。

皆さん寒暖差にはお気をつけてお過ごしください。

 

 

 

表題の件ですが、『ざんねんなスパイ』を読みました。

 

 

ざんねんなスパイ(新潮文庫

著者:一條次郎 出版社:新潮社

ISBNコード:9784101216539

私は73歳の新人スパイ、コードネーム・ルーキー。初任務で市長を暗殺するはずが、友だちになってしまった……。

という裏表紙のあらすじの始まり。

この文章から作品の内容を予想したとして、絶対にその通りにはならないだろう、誰の予想も当たりはしないだろう、と断言できる作品です。

 

すげぇ。

 

以前『レプリカたちの夜』という同じ作者さんが描かれた本を紹介したことがあるのですが

駄目だ、このままでは仕事に遅刻する - 推しを推す、そして万物に感謝する。 (hatenablog.jp)

その時の私が

 

「めちゃくちゃ面白かったのに、一体自分が何を読んでいるのか全然言葉に出来なくて、あらすじもこれ以上語ればネタバレになるような、何を話したとしてもネタバレにならないような……」

 

という感想を残していて、今回もまったく同じ感想を持ってしまいました。

 

ジェットコースターみたい。

私はあまりジェットコースターに乗りなれていないのですが、乗って色んな方向にぐわんぐわんと上体が振り回されて、なんだかよく覚えていないのだけれど、最後ゴールに到着すると

 

「なんかよく分からん間に終わったけど、面白かった、な……?」

 

みたいなちょっと呆然としてしまうというか、そういう魅力のある作品。

 

 

『レプリカたちの夜』の時、作者さんの文章があまりにも楽しそうで、自由で、奔放で、ついていくのに必死だった。

読みながら作者さんが物語の先で

 

「私はこちらに進んでいきますので、ついてきたい人はどうぞ」

 

ってちょっと振り返って、軽く頭を下げたような下げていないような、その姿を見て私は

 

「つ、ついていきます……!」

 

って最後まで読んだ結果、めちゃくちゃ面白かった、という感想にたどり着いた覚えがあります。

 

 

今回は更にレベルが高かった。

 

「私はこちらに進みますので」

 

などという最初の予備動作もなく、ページをめくった瞬間からロケットスタートを足音もなく決めている作者さん。

 

「わ、わわ……!」

 

と、ちいかわのような(そんな可愛らしさはないが)声をあげる間もなく、私はページをめくる。

 

そっちに行くんですか?!

 

みたいな予想外のルートへ進むとかじゃなくて、

 

そんなところに道があったんですか?!

なにここ、道じゃないwwwwww

 

みたいな展開に躊躇なく突き進んでいく、力強さのある自由。

 

 

それをやって、商品化して、わぁわぁ言いながら読んだ結果、面白いと思わせる。

 

 

本当に凄いと思います。

小説の可能性みたいなものも感じるくらい。

 

 

 

変に平仮名が多い、のがずっと違和感として残っていて、それが面白かった。

漢字の量とのバランスで平仮名にしている、とかじゃない、なんでそこ平仮名? って文章が多い印象。

この作品の主人公、スパイのルーキーの思考のふわふわ感、なのか、この作品の世界観のふわふわ感、なのか分かりませんが、平仮名が多いせいか、すごく不安定に感じます。

 

なんにも信用できない、大丈夫か、ふわふわしてるぞ、地に足がついていないんじゃないか、って気持ちになります。

 

 

そんな感じでクセが強めなので、最初の方を読み進めるのに少し苦労もしたのですが、奴が登場してからはもうノンストップでした。

 

巨大なリス、キョリス

 

表紙にリスが描かれているし、あらすじにもキョリスのことは書いてあるので、彼の登場はネタバレの範疇にないと判断して書いています。

 

キョリスが現われて、一気に読み進めながら、そういえば『レプリカたちの夜』の時も、表紙に巨大なシロクマが描かれていたよな、と思い出す。

 

デカい動物が出てからが本番という事なのか、一條次郎作品。

 

文章一行一行がものすごい勢いのある作品なのに、キョリスがさらにブースターとなって、すごい勢いで前へ前へと物語を進めていく。

 

もう振り返ってもらえない。

なんなら最初から一回も振り返ってもらえない。

 

「ついてこれてますか?」

 

とか聞いてもらえない。

 

「ついてきてくれよな!」

 

みたいな感じでもない。

読者が勝手についていく、しかない。振り落とされないように、置いていかれないように。

 

じゃないと、最後の

 

「面白かった……なんだったんだ、一体……」

 

という感覚に出会う事ができない。

 

 

本当に、どうしてこんな永遠に「大変だーーーー!!!!!」ってテンションの話の最後に、あんなに静かで優しくて爽やかとも言える雰囲気が迎えられるのか、分からない。

 

分からない、けど、本当に面白い。

 

なんでだ。

 

 

なんでだwwwwwwwwww

 

分からな過ぎて、なんか笑っちゃうんだよな。

ぜひ、読んでみてください。

 

一緒に笑ってもらえたら嬉しいです。

 

レプリカたちの夜もオススメです。

 

 

脈絡のない夢の話を、いかに面白く話して聞かせるか、みたいな。

プロの力で、そのわちゃわちゃした話をわざと組み立てて伏線を張って、小説的な楽しさを読ませて、いや、なんか、本当に、小説って自由なんだなって、思わせるというか、まただ、感想が、もう、とにかく、読んでほしいってなる。

 

いいですよ、何もかも忘れさせる、トリップしましょう、これは合法の薬です。

 

アラサークライシスも吹っ飛ぶ作品。

ぜひ。