推しを推す、そして万物に感謝する。

元書店員。日常のオススメやアレコレの話を。

『束の間の一花』との出会いは大きな本屋さん

お疲れ様です。

 

 

先日小さめの本屋さんに行きました。

 

小さめの本屋さんは良いぞ。

 

 

 

……突然失礼しました。

しかし改めて、小さめの本屋さんはとても良い、と思ったので、声高に言わせていただきたくなった。

 

致し方なし。

 

 

品揃えは大きな本屋さんには及ばない。

それはどうしようもないことで、決められた棚数に悩んだ覚えは私にもあります。

 

これは棚に差しておくか、返品するか、うーん、残したい、好きな本だもの、でも、これを残すと、あれが入らない、あれも好きな本なのに、うーん、どうしたものか、どうしたものか。

 

最小限の品揃えは、本当にどうしても残したかったものが残っていく。

 

鋭利にとがってる感じがすごく好き。

 

 

ずっと売れている作品と、売りたい作品と、すぐには無くさない新刊。

 

 

……が全部見られる量にギュッとなっているのが、小さめの本屋さんだと思う。

大きな本屋さんに行くと、目移りしまくって、もう何を見ればいいのか分からなくて、そうすると新刊コーナーと、面陳列とか目立つ作品だけ見て帰ってきてしまうことはよくある。

 

せっかく本屋さん行ったのに、なんか、自分が欲しいものだけ見つけてきてしまったなぁ、って少し悔しくなる(笑)

 

 

先日行った本屋さんで、私は1時間半くらい集中して、文庫コーナーと新書コーナーを隅から隅まで眺めてくることができました。

 

ああ、疲れた。

 

ああ、楽しかった。

 

 

今度はあれを買おう、あれを読もう、っていう本をたくさん見つけることができました。

 

至福。

 

ご飯屋さんみたいに席の回転率というものが本屋さんにもあるとしたら、私は回転率を著しく下げてきた客になるわけで、別に何の迷惑もかけていないとは思いつつ、申し訳なさから本を買って帰りました。

 

買うつもりがなかった人間が買って帰ったのだから、お店にとってはプラスになったはず……だよね。

 

 

またのんびり、目的のない状態で本屋さんに行きたいなぁ。

 

 

 

 

 

 

さて。

 

衝動買いしました。

出会いは新刊コーナー。

 

束の間の一花(KCデラックス)

著者:タダノなつ 出版社:講談社

ISBNコード:9784065228326

「先生は、私の生きる希望でした――」

余命わずかな女子大生・千田原一花は、ある日好意を寄せていた「萬木先生」と偶然再会。諦めていた彼女の想いは、ふたたび動き出す。しかし、彼もまた不治の病にかかっていて…。

 

新刊コーナーにて2巻の表紙が目に入り、引き寄せられるように手に取って、かわいい絵柄だなぁと思って、あらすじを読んで、

 

え、二人とも病気なの???????????

珍しい設定だね…………………………

 

と、気が付けば元棚に1巻を探しに行き、

無事に2冊そろってレジを通り(万引きダメ絶対)、

お家にお迎えすることが出来ました。

 

 

『戦争』とか『病気』とか絶対泣いちゃう系のものは、少し前の自分だったら手を出さなかったなぁと思う。

読める作品の幅が広がっていて良かった。

 

 

作中、詳しい病名は出ません。

ただ一花ちゃんは余命宣告されているし、一花ちゃんが思いを寄せる萬木先生もまた重く患っている。

 

二人は「あなたの命は長くない」と言われているわけだけれど、それを知らされてからのそれぞれの考え方の違いが、なんというか、胸を打った。

 

 

「いつ死んでもいいように」と、全てを手放していこうとする先生

「いつ死んでもいいように」と、全てに全力を出す一花

 

 

自分の最期が近いことを分かっているのは一緒なのに、行動がまるで違う二人どちらもに共感しました。

二人の置かれている状況や年齢、環境、周りの人の存在など違いがあるので、考え方が違う要因はたくさんあるとは思います。

 

私はわりと、先生派。

毎日を整えて、整えて、ビックリすることが少ないように、日々平穏に暮らせるように、そっと生きている、いや、生きていきたい。

常に「人間いつ死ぬか分からんし」みたいなことは考えてしまっていて、だからといって、いつ死んでも構わん、なんてことはなくて、やりたいことはめちゃくちゃある。

 

『怖いから止めとく派』代表

 

みたいな生活や考え方をしている気がする。

時間は有限だと毎日考えているくせに、行動に起こせることは少ない。

 

もちろん、毎日を人並みに熟すことで必死だと思うこともあるけれど、やればもう少し出来るんじゃないかと思ってたりする。

そして最近、それもよろしくないよな、やっぱり、と思うところもあり、この作品に今このタイミングで出会えたのはすごくありがたいことだと思った。

 

 

やっぱり、やらなきゃダメなんだ。

 

 

人は簡単に死ぬから。

時間があると思ってたって、突然奪われることがいくらでもあることを、毎日ニュースで誰かの悲劇をもって知らせてもらえているというのに。

 

スポーツや勉強を、チャレンジしてみる、してみない、なんていう選択肢は今までも何度もあって、

それは自分の事だけじゃなくて、読んできたフィクションの中でも何度もあって、

でも、そういうのはあんまりピンとこなかった。

 

悩んだ結果、一歩を踏み出す主人公はとてもカッコいいし、魅力的。

 

でも、そこでもしチャレンジしなくても、チャレンジしない代わりに出来た時間を別のことに使うことができるじゃないか。

チャレンジしないことはゼロじゃない。

別の方向に道が見つかるかもしれない。

 

って思ったら、そんな頑張らなくても大丈夫よ、って思っちゃう。

 

 

でも『束の間の一花』の二人には、次がなくて、いつ明日が来なくなるかも分からなくて、そうしたら、今やることが、自分が選択したことが全てで、最期にやったことになってしまう。

 

そういう状態で毎日を過ごしていたら、「いつ死んでもいいように」と準備するのだとしたら、やっぱりせっかくだから頑張りたいと私も思うんじゃないだろうか。

 

……いや、どうかな。

のんびり過ごしちゃうかも。

 

 

悔いのないように、強く思い入れをもつようなことはしない

悔いのないように、ぜんぶ自分が納得できるように全力でやっておく

 

 

どっちも正解だと思う、というか、正解も不正解もないとは思うんだけれど、本当にどっちも分かる。

 

 

仕事のために早く寝るとかしてる場合じゃない。

仕事のために早く寝るから、その間の時間にやりたいことやらなくちゃ。

 

たまには生き急いでもいい気がする。私の場合は。

 

 

 

 

時間を大切にする方法のヒントを最近得たので、確立したら皆さんにもお伝えしたい。

 

 

そう、ヒントはアイマスにあったんだよ!(宗教のにおい)

 

 

とにかく、『束の間の一花』オススメです。

もうすぐ3巻も出るようですので、ぜひ。