母なる大地のふところに
お疲れ様です。
雨、ですね。
『梅雨』なんて綺麗な文字からは想像できないような、自然の恐ろしさを感じています。どうかご無事で。
マイカーの窓の雨避けの内側に、クモが逃げ込んでいました。
連日の雨宿りのためなのか、はたまた永住を決めたのか、日中は内側に潜んで夜のうちにサイドミラーを上手に使って運転席側の窓に巣を張ります。
やめて。
単純に、やめてほしい。
私の車だから、それ。お金払って買ったやつだから。
毎朝、出勤のために車に乗り込もうとすると、窓に巣が張られていて、うーん、と思いながらドアを開けます。
なんとか車からいなくなってもらえないかなぁと思ってクモを探すと、それはそれは雨よけの奥の方に縮こまって静かにしている。足元に生えている草を千切って、それで突いてみるも、さらに奥に向かって身を縮めるばかり。
やめて。
降りてほしい。私今から出勤だから。仕事に行く人間のモチベーションを下げないでほしい。
最近は車内が暑いので窓を開けたい、湿気を外に逃したい。でも開けるとクモが中に入ってきてしまいそうで怖い。仕方なくエアコンをかけるところからスタートする。
うーん、と思って出発するけれど、実は、会社まで車を走らせると巣は壊れてしまう。
風圧で、いとも簡単に。
そうすると私は少し申し訳なさを感じてしまう、家、壊しちゃった、しかも作りかけかもしれん家を。
仕事を終える。
駐車場まで少し距離があるので、歩く。車を見る。運転席側に巣が張られている。雨避けの奥の奥の方に、また身を縮めて潜んでいる。
うーん、と思って出発して、家まで車を走らせると巣はやっぱり壊れてしまう。
家づくりは0に戻る。
次の日、出勤しようと車に向かう。窓に巣が張られている。クモは雨避けの奥の奥の方に、また身を縮めて潜んでいる。
会社の駐車場に生えている草を千切って、細い茎でクモをつついてみる。さらに奥へ奥へと縮こまる。
会社に着く頃には当然のように巣は壊れてしまっている。
仕事を終える。
駐車場まで少し距離があるので、歩く。車を見る。運転席側に巣が張られている。雨避けの奥の奥の方に、また身を縮めて潜んでいる。
うーん、と思って出発して、家まで車を走らせると巣は壊れ……
もういい。
1週間くらい、このやり取りを毎日しました。
うーん、と思いながらも本気で追い出さない私も私だけど、クモさんよ、いや、頑張るな、不屈の精神すごいけど、やめてくれ。
いい加減「ああ、ここに家を作ってもダメなんだな」って分かってもいいんじゃないだろうか。頑なに私の車に付き添い続ける理由を教えてくれないか。ダメなのか。知りたいぞ。教えてくれ。
もういい、と思った次の日。
クモが2匹になってた。
増えますか、なるほど。
……いや、何でよ。
縄張り争いとかせんの?
思ってるよりもクモって獰猛な感じじゃないのかもしれん。仲良く2匹で暮らし始めた。
微笑ましいわね。
……なんて思うわけもなく。
やはり、単純に、やめてほしい。
私の車だから、それ。お金払って買ったやつだから。って前も言ったよね、全然聞いてないじゃん。一匹は雨避けの奥の奥の方で強固な要塞みたいに巣を分厚くしてる。何その態度。もう目も合わせないってか。新しく一緒に住む子にくらい顔見せてあげなよ、せめて仲いい感じにしてくれよ。いや、違うよ、出て行ってくれよ。
だんだん諦めてくる私。
もういいかなって。夏だし。窓開けたいけど、たぶんこれからはもうエアコンがないと駄目だろうし。最近の雨の多さに、クモの巣は壊れた後ちゃんと洗い流されているようだし(自然の恵みにマジ感謝っす、ぱねぇっす)。
県境が住んでいるところからすぐ近くなので、車を少し走らせると他県に入る。
クモと一緒。隣の県までドライブ。楽しいね。大きい道路を突き進む。巣が壊れる。ごめん。また作ってな。今度はどんなデザインにする?
新しい仕事も慣れてきたので、実家に帰った。
その日も県をまたいだ。すぐ傍が他県。クモは二つの県を知っている。
実家はいわゆる田舎で、草や木がたくさんある。
私が今住んでいるところは割とカッチリしている。コンクリ。もしかしたら、このクモは自然がたくさんのところを見たことがないかもしれない。
ほら、見てごらん、これが田舎ってやつだよ。
青い匂いを思いっきり吸ってごらん。肺が大きく膨らんで、普段スマホやパソコンで曲がった背筋がぐっと伸びて気持ちいいでしょう。
よく背を曲げている人、肺の形が潰れて平常時よりも呼吸が浅くなっているとか聞いたことがあります。
クモも、たぶんこのご時世だし、パソコン使うのかな、目がたくさんあるらしいからブルーライトカットしないと疲れ目でしんどいんじゃない????
実家に夜まで滞在して、でも日が長いから帰るころになってもまだまだ明るい。
実家から出発する前になんとなく雨避けの内側を覗き込んでみる。
いなくなってた。
2匹とも。
緑の多い土地に引っ越しよった。あっさりと。
な……なん……えっ……
いいけど……なんだろう、腑に落ちないわぁ……。
自然の良さを彼らは知っているんだろうな……。
本能かな……。
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トマトの先生(宝島社文庫)
著者:石田祥 出版社:宝島社
ISBNコード:9784800224200
アパートの大家である祖母の代わりに家賃の回収に行った早苗は、部屋の裏庭でトマトを栽培する大学農学部の講師・日置と出会う。日置にもらったトマトがあまりに美味しく、衝撃を感じた早苗は、熱に浮かされるように日置と寝てしまう。その後、早苗は日置の頼みで、偽の婚約者として一カ月の住み込み生活に付き合うことになるが…。「トマト文学の誕生!」と絶賛された、第9回日本ラブストーリー大賞・大賞受賞作。
このあらすじよ。なに、トマト文学って。この本以外にそのカテゴリ、私知らない。でもそれに惹かれて読みました。トマトの赤くて艶やかでちょっと可愛い感じがポップな雰囲気を思わせて、なんだか、よく分からない感想にはなっているのですが、とにかくいい感じなんです。
トマトだらけの目次も注目ポイントなので、ぜひ読んでみてほしい。夏にぴったりの一冊です。
『大地讃頌』、歌ったなあ、と唐突に思い出したりなどしておりました。
「母なる大地のふところに 我ら人の子の 喜びはある」
クモの喜びも、車上ではなく大地にあるでしょうね。
元気に2匹仲良くやっているといいなぁ。
達者で暮らしておくれ。